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2025.06.04

グローバルサウスにおける官民共創への挑戦——経済産業省 通商政策局 技術‧⼈材協⼒室 安⽣⽒の歩みと挑戦

2025年、⽇本の経済外交は新たな局⾯に差しかかっている。
⾷料、エネルギー、テクノロジー、⼈材など――国家の基盤を揺るがすグローバルな課題が複雑に絡み合う中、世界とどうつながり、⽇本の“富ˮをどう築くのか。その問いに、現場と国を往復しながら向き合っている⼈物がいる。
経済産業省 通商政策局 技術‧⼈材協⼒室の安⽣ 隆⾏⽒だ。
商⼯会議所、中国の現場、銀⾏等のキャリアを経て、現在、グローバルサウスとの関係強化を担う経産省の⼀員として、30億円規模の予算を有するODAや技術協⼒を通じた“共創ˮに挑んでいる(2025年現在)。

「経済を良くしたい」「現場と世界をつなぎたい」

そんな原点を胸に、制度に⾎を通わせ、企業や他国のパートナーと共に、未来の経済のかたちを描き出していく――。
本記事は、Publink代表‧栫井(かこい)が、安⽣さんの⾔葉と⾏動を⾔語化し、まだ⾒ぬ共創パートナーへ届ける試みです。

「安⽣さんと⼀緒に、何かを起こしたい。」

そんな未来の仲間たちへ、Publink Letterは想いをつなぎます。
(※記事を読んだ後は、安⽣⽒への感想や共創のご希望もぜひお寄せください)


安⽣ 隆⾏(あんじょう たかゆき)
在広州⽇本国総領事館‧在上海⽇本国総領事館専⾨調査員、三井住友銀⾏(中国)有限公司企業調査部部⻑代理、外務省国際情報統括官組織第三国際情報官室専⾨分析員など調査・経済インテリジェンス業務に従事した後、2019年から経済産業省で勤務。経済産業省では、組織改⾰やG7、QUADといった国際枠組み、OECDなどの国際シンクタンク、内外⼀体の経済政策の企画⽴案を担当した後、現在、通商政策局技術⼈材協⼒室総括補佐として⽇本とグローバルサウス諸国とで共に未来を創る「共創」プロジェクトの具体化に向けた事業を推進。独⽴⾏政法⼈経済産業研究所コンサルティングフェロー。共著に『現代中国を知るための52章』『現代中国を知るための54章』『⽇中関係は本当に最悪なのか――政治対⽴下の経済発信⼒』(⽇本僑報社)。他に雑誌への寄稿多数。


経済の影響を肌で感じた幼少期

幼少期に⽗の会社の倒産を経験し、経済の影響を⾝近に感じた安⽣⽒。その体験が、彼の価値観とキャリア選択に⼤きな影響を与えた。

栫井:
⼦供時代の経験は、その⼈の⽣き⽅や価値観に⼤きな影響を与えると⾔われます。
安⽣さんはどのような⼦供時代を過ごされたのでしょうか?

安⽣(敬称略):
私はごく⼀般的な家庭に⽣まれました。⽗は⼤⼿⾷品会社に勤めていたのですが、バブル景気の終盤、景気の良かった時代に、半導体を主⼒とする専⾨商社を起業しました。

当時は⽇⽶貿易摩擦が本格化する前で、半導体は「産業の⽶」と称され、⽇本の電⼦電気産業には⾼い競争⼒がありました。しかし、その後、⽇⽶間で貿易摩擦が起こり、数量規制が導⼊されるなどの影響を受ける中、東南アジア諸国の台頭も相まって、⽇本の電⼦電気産業は徐々に競争⼒を失っていきました。

私が⼩学校1年⽣の時、⽗の会社は倒産しました。家計は厳しくなり、⽗は⾷品⼯場でアルバイトをするなど、⾮常に⼤変な時期を経験しました。そんな環境の中で、「不景気になると、暮らしが変するたちが増えていく」という現実を、⾝をもって体感したのです。

この原体験が、私にとって⾮常に強烈なものでした。それゆえ、将来はより広域的な視野で、特に経済に関わる仕事がしたいと思うようになったのです。

栫井:
それは⼤きな原体験ですね。安⽣さんといえば、グローバルな印象も強いですが、それはいつ頃から関⼼を持たれていたのでしょうか?

安生:
⽗の会社はシンガポールと⾹港に拠点があり、私にとってアジアはとても⾝近な存在でした。家には中国経済や東南アジアに関する書籍が並び、⽗も「これからは中国が伸びていく」とよく⼝にしていました。そうした背景から「中国語を学べ」と⾔われ、東京外国語⼤学⼀本で受験しました。

在学中には、ちょうど⾹港中⽂⼤学との交換留学制度が始まるというタイミングがあり、私はその⼀期⽣として⾹港に留学しました。

栫井:
とても先⾒の明をお持ちのお⽗様だったのですね。今の安⽣さんのキャリアとのつながりをとても感じました。

画像:香港留学中の企業視察時、安生は右から三番目。

中国との関わりを深める中で、安⽣⽒は中国‧経済という専⾨性を築き上げた。その経験が、現在のキャリアに⽣かされている。

栫井:
⼤学をご卒業された後についても教えていただけますか。

安⽣:
キャリアとしては、下記になります。

  • 2004年4月-2011年3月 日本商工会議所 国際部 ※2008年4月-2010年4月休職
  • 2008年4月-2010年4月 在広州日本国総領事館 専門調査員(※2008年4月-5月 外務省研修)
  • 2010年5月-2011年3月 日本商工会議所 国際部
  • 2011年5月-2018年3月 在上海日本国総領事館 専門調査員
  • 2018年6月-2018年7月 三井住友銀行(中国)有限公司 企業調査部 部長代理
  • 2018年10月-2019年3月 外務省 国際情報統括官組織 専門分析員
  • 2019年4月- 現在 経済産業省(詳細は後述)

新卒では商⼯会議所に⼊所しました。ここは、現場の声に⼀番近く、企業単体では解決できないような規制の問題などに、100万社以上の会員の声をもとに取り組むことができる、⾮常に意義深い場所だと思いました。

当時の商⼯会議所には、相⼿国に対して要望を出せる経済委員会もありましたが、企業と違い、営業ノルマなどはありませんでした。その点で、私はより⾼いコミットが求められる環境を求めていましたし、現場をより深く知りたい、専性をめたいという思いから、在外公館勤務に転職しました。

中国‧広州では、個⼈のトラブルから法⼈が抱えるさまざまな問題まで、現場で直接対応しました。例えば、急にインフラが⽌まったり、税⾦が還付されないといったトラブルの解決に⽴ち会いました。課題解決に直接⽴ち会うことにやりがいと貢献実感を得られたとともに、中国語と経済、この2つが⾃分の強みであると実感する機会となりました。

その後、上海では経済部に所属しつつ、政治部や広報部の業務にも携わりました。現地の上海商⼯クラブが発⾏する機関誌に寄稿したり、⽇本企業向けに中国経済を伝える記事を作成したりと、情報発信の業務にも関わりました。尖閣諸島を巡る問題が発⽣した時期には、⽇本企業が現地で被害を受ける現場に⽴ち会い、その対応にもあたりました。政治家の通訳も務めるなど、専⾨性をさらに深める経験となりました。

さらに、その後、銀⾏の中国担当ポストに就きましたが、率直に申し上げて「中国経済を本当に理解するには、中国⼈にアドバンテージがある」と痛感しました。中国経済の専⾨家を⾃称する⾃信が揺らぎ、違う⽅向性を模索することにしました。

その中で、外務省のインテリジェンス部⾨にご縁をいただき、半年間勤務しました。表に出ることのない部署での経験は貴重でした。そして、改めて⾃分の原点である「⽇本経済に貢献したい」という思いを再確認し、試験を受けて経済産業省に⼊省しました。

画像:麻生泰・九州経済連合会会長(当時)と上海市副市長会談時の通訳

画像:在上海日本国総領事館公邸での集合写真

経済産業省での挑戦
——ODAを活⽤し、海外とwin-winな関係を作る

グローバルサウスとの関係強化を⽬指す安⽣⽒は、ODAを活⽤した⽀援策を展開している。彼の挑戦は、国際社会での⽇本の存在感を⾼めることに繋がっている。

栫井:
本当に幅広いご経験を経て、経産省に⼊られたのですね。経産省でのキャリアや、具体的な仕事内容についても教えていただけますか。

安⽣:
⼊省後のキャリアは下記の通りです。

▼安⽣⽒の経産省でのキャリア

  • 2019年4月 – 2022年5月 経済産業省 通商政策局 北東アジア課 係長
  • 2022年6月 – 2023年6月 経済産業省 通商政策局 総務課 係長
  • 2023年7月 – 2024年6月 経済産業省 通商政策局 国際経済課 課長補佐(総括、OECD担当)、通商戦略室次席補佐
  • 現在 通商政策局 技術・人材協力室 総括補佐

⼊省後はずっと、通商政策局(組織図で左から三番⽬)にいます。

経済産業省における国際系の局は通商政策局と貿易経済安全保障局の2つあるのですが、ざっくりとした役割分担としては、通商政策局が世界の各エリアごとの通商交渉や多国間の経済枠組み(OECD、TICAD、APECやTPP等)、貿易経済安全保障局が貿易のルールや実務、セキュリティ‧クリアランス等の安全保障政策を担当しています。

現在の部署の直前に所属していた通商政策局国際経済課では、通商戦略室も兼務し、通商政策全体のとりまとめを⾏っていました。グローバルサウスとの関係構築や経済安全保障、国内産業政策も踏まえた対外経済戦略を描くという、⾮常にエキサイティングな業務でした。

現在の技術‧⼈材協⼒室では、経済外交を推進するための技術協⼒や⼈材育成を担っています。本の強みを活かし、海外と共創しながら双の産業を育てる”winwin”の関係構築を⽬指しています。以前は戦略を描く側でしたが、今はその戦略を具体的に実⾏する⽴場です。

当室はODA予算約40億円のうち、約30億円を所管しており、その対象は欧⽶や中国を除く開発途上国、いわゆるグローバルサウスの国々です。

主には、

  • 自社・取引先の海外人材を育成したい
  • 海外人材を獲得したい
  • 自社の技術・サービスの海外展開を進めたい

という3つのニーズに沿って、各種の事業を展開しております。

(下記は、2025年5月時点の情報となります)

「⾃社‧取引先の海外⼈材を育成したい」というニーズに対しては、研修や専⾨家派遣の事業を⾏っています。

海外⼈材を獲得したいというニーズに対しては、寄附講座、インターンシップ、⾼度外国⼈⼈材活⽤⽀援を⾏っています。

⾃社の技術‧サービスの海外展開を進めたいというニーズに対しては、J-Partnershipや現地で活動しやすいビジネス環境の整備、国際連合⼯業開発機関を通じた⽇本企業の途上国進出⽀援の事業を⾏っています。

栫井:
本当に幅広い事業をされていらっしゃるのですね!今後の⽇本の未来にとって、このような制度を活⽤し、⺠間企業がグローバルに挑戦していくことは⾮常に重要だと思います。

安生:
特に人材育成は国家100年の計と言われるように実行し成果を出していくためには、時間がかかります。経済産業省では、日本の自動車メーカーをはじめとする製造業の進出に伴い、関係団体と連携して60年以上にわたり、タイで7万人以上の産業人材を育成してきました。日本の技術・知見の共有を通じてタイ国内での強固なサプライチェーンの構築に貢献しています。今年4月には、武藤経済産業大臣とピチャイ副首相兼財務大臣、エーカナット工業大臣の立ち会いの下、日タイの関係団体が産業人材育成等相互協力覚書を発表しました。調整に携わった関係者の一人としてこの発表会に同席しましたが、次の100年につながる意義のある場に立ち会えて感無量でした。

国富の拡⼤を⽬指して——官⺠共創で外交に挑む

国際情勢が複雑さを増す今、⽇本はどう世界と向き合い、⾃国の経済を豊かにしていくのか。安⽣⽒が重視する“バランス経済外交ˮや、官⺠共創の可能性について伺った。

栫井:
すでに様々なご活動をされていらっしゃいますが、改めて、安⽣さんの想いや、今後取り組まれていきたいことについても、教えていただけますか。

安⽣:
最終的に⽬指しているのは、国富の拡⼤です。
⽇本にいると、⽇々の⾷事やインフラに困ることはほとんどありません。ですが、実のところ⽇本の⾷料⾃給率やエネルギー⾃給率は決して⾼くありません。そうした現実を⾒つめながら、私が⼤切にしているのは、現場と政府がそれぞれ⽬指している⽅向性を丁寧につなぎ、それを具体的な取り組みへと落とし込んでいくことです。

⽇本はかねてより「貿易⽴国」として発展してきました。これは⽩洲次郎の時代から語り継がれてきた、⽇本の経済的アイデンティティでもあります。私は、たとえ世界で保護主義的な流れが強まっていたとしても、⽇本は開かれた経済の姿勢を崩すべきではないと強く思っています。

その中で、具体的には、「バランス経済外交」と⾔うものを意識しています。

もちろん、各国にはそれぞれ異なる国益があります。ただ、利害が完全に⼀致しなくとも、共通の利益や重なる⽬的は確実に存在します。そうした部分を丁寧に⾒つけ、交渉と協働によって形にしていくことができると思っています。

たとえば、アメリカや中国といった主要国との関係においても、いかに共に取り組める分野を⾒出していくかが鍵になります。アメリカには、JICAに類似する開発⽀援機関「USエイド」や、輸出促進を⽬的とした「USTDA(⽶国貿易開発庁)」があります。USTDAは、かつての経済産業省‧旧貿易局に近い役割を果たしていましたが、近年は予算削減の影響もあり、⼗分に対応できていない領域も⾒受けられます。特に途上国において、かつてアメリカが強い影響⼒を持っていた地域は、今や戦略的な「空⽩地帯」となりつつあります。そのような場に懸念国が⼊り込みつつある⼀⽅で、⽇本としても積極的に関わっていく必要があると考えています。たとえば、⽇本は研修事業を通じて⼈材育成を⽀援したり、政策の共有を⾏ったりすることで、USTDAが⼿の届かない領域を補完するような形で関与しています。実際、USTDAとの連携についても、何度も対話の機会を持ってきました。

中国との関係についても、単に距離を取るのではなく、第三国市場での協働など、慎重かつ前向きな接点を探っています。バイデン政権の時代には⽇⽶の連携が⾮常に強固でしたが、政権交代によりその関係性にも変化が⽣まれています。

こうした国際情勢の変化を敏感に捉えながら、私は経済産業省の中でも、政策実務を担う各課(原課)を⼀つひとつ訪ね、現場の担当者と丁寧に対話を重ねています。

栫井:
世界情勢の変化や、各国との関係性を踏まえながら、戦略を描き、実⾏していくことが本当に重要ですね。企業と連携して、進めていきたいことはありますでしょうか。

安⽣:
⽇本とグローバルサウス諸国との関係を、これからさらに深めていきたいと考えています。もちろん、こちらとしてもいろいろな政策ツールや⽀援のアイデアは持っていますが、最も⼤事なのは、それを現場の企業の⽅々と⼀緒に進めていくことです。

海外展開や新興国市場に関⼼をお持ちの企業の皆さまから、現場で感じておられる困りごとやハードルを率直に共有いただければ、私たちとしても、それに応じた政策の組み合わせや、活⽤の⼯夫をご提案できます。

また、今ある⽀援メニューの活⽤だけではなく、ODAという枠組み⾃体を柔軟に捉えて、よりイノベーティブな事業へと変えていく。その可能性をご⼀緒に探り、⼀緒に政策を作っていきたいと思っています。また、私が所属する通商政策局の全体では、グローバルサウスでのフラッグシッププロジェクトを⽀援するための約1,500億円の予算があります。制度の紹介やご案内はもちろんですが、私⾃⾝、過去にそのスキームの作り込みにも関わってきましたので、仕組みの背景や狙いも踏まえたうえで、企業の皆さまの取り組みに合わせた形で、事業⾃体を⼀緒にブラッシュアップしていくよう、働きかけていくことも可能です。

6⽉19⽇開催予定のPublink Event「⽇本のグローバル戦略と官⺠共創の可能性」でもピッチをさせていただきます。イベント後のミートアップにも参加いたしますので、ぜひ、ご参加いただけますと幸いです!

イベント詳細はこちら:https://publink.site/event-lp/

この出会いをきっかけに、何かが動き出すかもしれません。
記事を読んで感じたこと、共に取り組んでみたいテーマなど、どんなことでも構いません。
ぜひ、安⽣さんへ想いをお寄せください。
いただいた内容は、安⽣様にお届けさせていただきます。

編集後記

親の半導体事業に社会の流れが直撃するという原体験から、⽇本商⼯会議所、中国駐在、そして今は経済産業省という⽴場で「国富の拡⼤を⽬指す」と語る安⽣さんの⾔葉には、単なるスローガンを超えた具体的な構想と覚悟、そして⾏動がありました。

⽇本の⾷料⾃給率やエネルギー⾃給率の低さ、変わりゆく国際秩序、アジアの成⻑ ——こうした要素を的確に捉えたうえで、“今、⽇本としてどう動くべきかˮを具体的な政策と⼈との接点に落とし込んでいる。その真摯な姿勢に触れ、「政策と⼈の関係性」を改めて思い知らされました。

6⽉19⽇のPublink Eventでは、安⽣さんが登壇して想いに直接触れる機会があります。記事や登壇のプレゼンで感じたこと、思いついた共創の可能性など、ぜひ声を届けていただければ嬉しいです。

株式会社Publink 代表取締役社⻑CEO 栫井 誠⼀郎

ライター
:株式会社Publink 阪上 結紀

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